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佐賀地方裁判所 昭和29年(行)8号 判決

原告 宮地富次

被告 佐賀市

主文

佐賀市長が昭和二十八年二月二十八日附佐市土第二四九号を以て原告に対しなした道路整理に関する通告なる行政処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として次のとおり述べた。

佐賀市長は原告に対し昭和二十八年二月二十八日佐市土第二四九号「道路整理に関する通告について」と題する謄写版刷不動文字の書面を以て「市民の共有的公共道路を一個人の利益のため独占の状況にあるは洵に遺憾にたえない処であり、三月三十一日までに貴殿に係る既存施設を撤去し原形に回復せられるよう通告する。若し実行なき場合は市長において代執行し、之に要する経費は所有者の負担になる。」旨の通告をなした。

しかしながら右通告は撤去すべき目的物を明示してないので、原告の如何なる施設の撤去を命ずるのか、右書面の記載自体からは全く不明確である。のみならず、仮に之を道路法第七十一条第一項による道路に存する工作物の除却命令であるとしても被告は之を発する前に道路法第七十一条第三項所定の聴聞を行うべきであるにも拘はらず、之を行つていない。従つて本件通告は瑕疵があり無効である。

又、被告は本件除却命令を以つて佐賀市松原町字松原小路四十一番宅地六百三十一坪内に建つている十八坪二合五勺の原告所有の建物の撤去を求めていると称するが右建物は原告が訴外財団法人鍋島報効会より賃借している右宅地上に建てたもので右十八坪二合五勺の建物の敷地の部分を被告が市道として認定したことも、市道として公示したこともないから被告の管理に係る道路上に建てたものではない。従つて本件通告は右建物の敷地の部分を市道であるとなし、この誤つた前提の下に、その上に建つている原告所有の建物の撤去を命じているから瑕疵があり無効である。

よつて右いずれの点よりするも本件通告が無効であることは明白であるから、之が無効確認を求めるため本訴に及ぶ次第である。

被告の答弁に対し本件通告につき撤回があつたとの点は否認する。

かように述べた。(立証省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として佐賀市長が原告主張の通告をなしたこと、原告主張の聴聞を行わなかつたことは各認めるがその余の事実は否認すると述べ次のとおり主張した。

本件通告は道路法第九十七条により道路管理者の権限を行う佐賀市長に於て之を発したのであるから、佐賀市長を被告とすべきである。然るに原告は佐賀市を被告として本訴を提起しているから当事者適格を誤つているというべきである。

仮りに然らずとするも、佐賀市長は本件通告発布前に於て、原告に対し屡々市道上に建てた原告所有の工作物を撤去するよう警告を発していたから、本件通告に撤去すべき目的物を明記していなかつたとしても、原告には之は明らかであつたというべく、又本件通告が道路法第七十一条第一項による除却命令であることも亦十分に認識していたというべきである。而して道路法第七十一条第三項によれば除却命令を発する前に聴聞を行うべき旨規定しているが、原告のような不法占有者に迄かかる手続を履践することを法は要求していないと解すべきである。又右建物の敷地の部分は財団法人鍋島報効会の宅地でないことはもとより、被告は右部分につき、之を市道として認定公示をしているから被告の市道であることは明々白々である。

従つて本件通告は形式実質に於て何等の瑕疵なく道路法第七十一条第一項による除却命令として有効であつたことは勿論である。然し乍ら本件除却命令発布後相当の日月が経過した為め、佐賀市長に於て昭和三十年二月八日道路法第七十一条第三項所定の聴聞を行つた上、更に同日附佐市建第二〇一号を以て新な除却命令を発したから本件除却命令は既に撤回せられたものである。従つて本訴はその対象を欠き訴の利益がない。

よつて原告の本訴請求は理由がない。

かように述べた。(立証省略)

理由

先づ被告主張の当事者適格の点につき考えてみるに、本訴は本件通告(之が道路法第七十一条第一項の除却命令であることは後記認定の通りである)の無効確認を求める訴で、いわゆる公法上の権利関係に関する訴訟に属するから、本来佐賀市を被告とすべきものであつて、必ずしも行政処分の取消変更を求める抗告訴訟と同様行政庁である佐賀市長を被告としなければならないものではない。従つて被告のこの点の主張は理由がない。

佐賀市長が原告に対し原告主張の昭和二十八年二月二十八日附「道路整理に関する通告について」と題する謄写版不動文字の書面(乙第三号証)を以て通知をなしたこと、被告が該通告を発する前に、あらかじめ道路法第七十一条第三項所定の聴聞を行わなかつたことは、いずれも当事者間に争いがないところである。

而して右書面(乙第三号証)の記載に成立に争ない乙第二号証及弁論の全趣旨を併せ考へれば本件通告は道路法第七十一条第一項による道路に存する工作物の除却命令であることを窺うことができる。

然し乍ら本件除却命令(乙第三号証)には撤去すべき目的物が具体的に指摘されていないことは記載自体に徴し明らかであるので、原告の如何なる施設の撤去(工作物の除却)を命ずるのか全く不明であるといわなければならない。尤も被告は「本件除却命令により撤去すべき目的物は原告自身十分に諒知していた」と主張する。然し乍ら右認定を覆して被告の該主張を認めるに足る証拠がない。

斯様に観じ来ると本件除却命令は撤去すべき目的物やその範囲を明示しない不明確な行政処分にして重大な瑕疵が内在し無効といわなければならない。のみならず道路法による除却命令は仮に原告が不法占拠者であつても、之を発する前に、原則として聴聞の手続を履践することを要件とする。ところが道路法第七十一条第三項但書の場合に該ることを被告自ら主張立証しない本件に於ては、該手続を欠き重大な瑕疵があることになる。この点よりするも本件除却命令は無効であるといわねばならない。

尚被告は「本件除却命令を撤回したから、原告に於て無効確認を求める該命令は既に消滅に帰した」と主張する。思うに撤回とは「瑕疵のない行政行為につき、将来その行為の効力を存続せしめ得ない事由が発生したとき、将来に向つてその効力を失はしめる独立の行政行為」をいうのであるから、撤回せらるべき行為はその成立に瑕疵のない行政行為であることを要する。従つて本件に於て被告が撤回と称する行為をしたとしても、前認定の通り本件除却命令が無効である以上、無効行為の撤回は法上意味をなさないから、被告の謂う撤回は何等の効果も発生するに由ないものである。この点に関する被告の主張は理由がない。

果してそうだとすれば原告の本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく正当にして之を認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富川盛介 田中武一 小川正澄)

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